「新しい公共」をめぐる不毛と希望8(最終回前半)/西本→寺井

寺井さんへ

すまん、政治な話と「新しい公共」の意義はもうやめる。ただ、前回の7回対談で触れたけど、社会起業家の掲げた「希望が湧いた」的なムーブメントは私は好きではないです。

いくら「本気」だろうが「一生懸命」だろうが「頑張ろう」が、寺井さんがいくら「確信犯」だろうが、わかってやってるんだろうが、新しい公共というものが仮にあるとするならば、その意味において「希望が湧いた」は悪い冗談であるというほかない。

例えば、なぜ、被災地や社会に若者をインターンシップとして送り込んで教育機会を提供しようという文脈が、若者が被災地と社会を変えるという文脈にすり替わること(がありえるの)か、とか。

新しい公共って、65歳以上の石を投げてきた全学連、全共闘じいやのことを批判し、その後のすべての政治家を批判し、大企業を批判し、市民活動を批判し、ホリエモン、ITベンチャーをも批判し、我らは「社会」に向かってる、「社会」を変えることで台頭せんとした。そういう人たちがそんな程度でいいんだ?みたいな。会社つとめたくないんす、新しいことしたいんすとかいって、生活保護のかわりみたいにお金受け取って、頑張ってますとかいって、泣いて、社会を変えるって言っている。包摂ってそんなとこにないです。

まあ、いいや。ごめんね。

さて。

新しい公共の「公共」的とは何か?(=希望)という問題に対しての結論は、寺井さんが前回、「希望」に関して、「オレオレ詐欺」の話でいいと思う。

今の若年世代に雇用がないって問題、再分配すべき貯蓄を高齢者から引き出せない問題、純然たる知識産業や情報産業がまだ足りないって問題、そういう問題を 解決したい。そうしたら、簡単なモデルで初期投資がほとんどいらなくて、マニュアル化で横展開できて、若い世代にとって強みを発揮できる業務で、高齢者が 顧客層になって、そしてバッチリ儲かる、そういうビジネスが必要になる。

世間が単に犯罪だと片付ける若者の犯罪行為「オレオレ詐欺」の現代的意義。

つまり、①初期投資をほとんど必要とせず、②容易に、③上の世代から下の世代への所得再配分に成功している「オレオレ詐欺」を社会起業とした。これが「新しい公共」な人たちの目指すべき、最低のレベルでしょうということ。

補足すると、『デフレの正体』著者、藻谷浩介氏作成の有名な資料の一部抜粋がよいかなと。

これを見て、でも俺らには「希望」があると鼻くそほってる社会起業家な人は罪人だよ。オレオレ詐欺よりずっと罪だ。

藻谷さんがいうのは、現世代と将来世代の圧倒的な「世代間格差」。この受益と負担の格差是正に寄与するものではなければ、希望など湧きっこないでしょってこと。もし湧いたとするなら、なんすか?その希望は。

藻谷さんより「若い世代」だから許してもらえているような感じかな。

で、私らは私らの後輩に、子どもに、孫に確実に迷惑をかけ続ける。無意識か意識かはどうでもいい。事実、かけ続ける。

そのことを深く深く認識せいと、なぜかといえば、日本は二度と大きくならない。国土は均衡に発展しない。

日本に生まれし0歳世代は、ここから数十年以上、常に大変な負担超過に耐えねばならないのだから。そんなあと数十年で、爺婆になる私ら世代が誰の「希望」なのかを全く考慮に入れることなしに、口癖として「社会=将来の子どものために」と言って、アウトサイダーのポジション取りに使うべく、「とびばこ」(参考:「新しい公共」をめぐる不毛と希望2)の存在を忘れて、わっしょいとはしゃぐのはかっこよくないと思う。

まず、もう制度(国)破綻寸前の社会保障関係をなんとかしないといけない。そして、地方が再生するとして、過疎対策として出される一切の税金はなくさないといけない。東北に税金をつぎ込むということは、どういうことを意味するかとか。最低限、わかっておかないといけない。きっと「地方再生」とか言っているのは今の時代だけで、そのうち日本国土の大方がほうっておいたら「荒野」になることの方が多いと気づかないといけない。

その上で、「オレオレ詐欺」以下をやるなら、やらないといけないということです。それが新しい公共の担い手の最低限のマナーだと。「オレオレ詐欺」以上の新しい公共ができたらすっごいことだよ!MAD City 頑張っておくれ。(ほんと)

社会保障問題はじめ、そういう世代間格差を選挙で変えるのも不可能であるから、今垂れ流されている補助金を用いて「社会起業」で「遊ぶ」という態度はよくないよ。なんどもいうけど、やっぱり変だよ。

最後に「公私分担ルール」を出してみます。一応、グレーゾーンⅢの赤字になっているのが「新しい公共」とされている領域です。

収益のあがらないサービスを提供できないから、参入できないのが私企業。グレーゾーンⅡの私的団体は、規制産業、つまり既得権益化しているとされている産業。

これを眺めることで、きっと「新しい公共」をめぐる不毛と希望という8回の対談の結論は自ずと出るかな。つまり、「新しい公共」の希望とは、世代間格差の議論をふまえ、プロジェクトを興し、ここの公私分担表で明確な立脚を示す(実例で示す)こと。

それが私がこの対談ではじめからなんか言ってた「とびばこ」だと思う。この場所で次の段を積む(実例をつくる)こと。それは、しゃれてると思う。今のレベルじゃ、どうみてもこの分担表に入れない(ポジション取りできていない)けど、もし、、私らがちゃんとここに堂々と入れるモデルをつくれたら、それはマシなことだと思う。

ではね。

追記

最後に。いつかの続編対談へ向けて。

ねえ。この「新しい公共」対談でいろんなことみたけど、私たちは以下、2つの流れのどちらも回避できないということ(がわかった?)。

①かつて田中角栄は都会の過密と地方の過疎を是正し、国土の均衡ある発展といって、東京で稼いだものを「新潟」(地方の過疎)に全部の税金をつぎ込めと言った。ケインズ政策の結果、揺るがない土建国家(金と権力、制度=私たちの日常)が出来た。現在も、選択と集中といいながら、新自由主義が顔を出そうが、規制改革が多少されようが、大きなところで都会の過密と地方の過疎を是正し、国土の均衡ある発展をという、角栄の言ったことは今も日本国中の政治家が言っている常識文句。私たちの国が議会制民主主義である限り、これは将来、存続する。(止められない。)

②これから日本はどんどん人口は減り、稼げなくなるから、もうどうあがいても都会の過密と地方の過疎の是正はない。拡大し続ける。今ある国土は使いきれない。維持管理できず、国土の死蔵化(デットストック化)は免れない。おそらく、ほとんどの国土は大都市と安全保障上必要な場所を除き、幽玄やもののけの世界になる。民話の世界に返る。

ことを前提!に、何したらいいかとか、いつか話したい。

この前、寺さ、どっかで、秋田の事例聞いてきたとか。25年後は今の秋田県の人口が今の秋田市の人口になるんだっけ?で、そういうことだよね。そういうこと。秋田県は秋田市以外、住まなくもできる。そういう選択を秋田県がして、秋田県はもうなくなって、秋田市だけになる。税金は投下しませんとする。地方交付税交付金も秋田市だけにくる。

で、それでも補助いらないけど、秋田市以外に住みたい(負担者受益でやるわ)って言う人がいる場合、例えば、秋田杉をちゃんと維持管理、財産化して、入会の再復古で生き残る自治区が出てくるかもしれない。

秋田市以外は、100年くらい税金つぎ込まれずに、民間資本で国土保全(水源や森林や)が維持できたり、秋田市でビル経営やって、不労所得者になって、その金で、秋田市以外、大曲とかにいって、別荘?草庵結ぶ自立的隠遁者(それこそ鴨長明みたいな)とかが出てきたり、山でほんものの「なまはげ」も生まれるかもしれない。

まあ、TOO MADな議論だよね。でも寺の好きなインディペンデント、自治論の話ってこういうこと?に近い気がするよ。

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applepieperori について

We are writing some zines to share the exciting concept and method “HOSETSU (包摂)” .It means to bridge the gap between this side and the other side, what we know works to solve social problems and what is actually done in so many places and so on. My interest lies mainly in these ideas regarding tiny incidents of dairy life which is so embodied in what we call “HOSETSU (包摂)”.I want to create well-functioning “HOSETSU(包摂)” systems that work for vulnerable people(無防備な人たち).

コメント1件

  1. 二萬堂

    今、東京に来ています。で、いつもの98ノートじゃなく、ホテルのレンタルパソコンから投稿してみます。(うまくいくかどうか)

    人口が減ってるって以前から言ってるんですが、知ってるってな顔をしながら、みんな実感として感じていないような気がします。この間も議会で将来推計人口の話が出て、二十数年後の人口を説明したんですが、「お前らは若い独身職員の仲人やれ!」って、ハッパかけられてしもうた。出生率とかのレベルの話じゃなく、親の世代が激減してるんだから、手の施しようがないはずなんだけどなあ……。それと、すぐ年金とか子ども手当てとかの話に結び付いちゃって。「ワシワシ詐欺」なんて言葉もあるらしいから、perori世代も気ぃ付けんと。ハゲ親父たちに毟り取られまっせ!

    どっちにしろ、今の私にできることは、数を数えて、「今月も人口減りました」と言い続けることぐらい。でも、何かくやしいなあ。

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