アートプロジェクトはどこに行く2/中島→寺井

寺井さんこんにちわ。

みなさんはじめまして。

アーティスト(現代美術)として活動しております中島佑太です。

さて、初めての投稿になりますので、右も左も分からず、これでいいのかな?という不安な気持ちでいっぱいになりながら書いています。『アートプロジェクトはどこに行く』という壮大なテーマを頂き、ちょっとビビりつつも、面白い記事を1つでも多く書いていければと思ってますが、まずは寺井さんからの「中島くんがなんで、アートプロジェクトとともに生きる感じのアーティストになったのか、最近は何やってるのか、教えてもらえないでしょうか?!」という質問に答えていきます。


(新潟県十日町市莇平集落滞在中の記念写真)

僕は、立体造形作家になろうと思って大学に入ったんですが、大学の先生である日比野克彦のプロジェクトを手伝うために、新潟県十日町市に1ヶ月くらい滞在したのが、地域アートプロジェクトとの関わりが始まるターニングポイントでした。ご存知の越後妻有アートトリエンナーレ〜大地の芸術祭〜です。

ここで僕は、段ボールで船を作るワークショップと、明後日新聞を作ってました。この話をし始めると、創作落語ができてしまいそうなのでエピソードは残念ながら省略しますが、要はここで初めて「人との関わりが作品制作に繋がっていく」ことを目の当たりにし、衝撃を受けた、というわけです。 僕が目指していた立体造形作家像は、みなさんもそうだと思いますが、アトリエで作品を制作し、ギャラリーや美術館で展覧会を開催する、というスタイルだったので、とある山あいの集落に1ヶ月滞在し、それも農家の方の家に、半ば無理矢理泊めてもらい、夜はうまい米と夏野菜をたらふく食べ、酒を飲み、昼はおばあちゃんに呼び止められお茶をし、また歩けば呼び止められお茶をし、やがて夕方になるというサイクルが、作品を作るスタイルであることに、心底衝撃を受けた、というわけです。

こういったスタイルに衝撃を受けた理由の1つには、僕が群馬県前橋市という郊外都市で生まれ育ち、小学校から高校まで集団スポーツである野球をやっていたことにもあると思います。

ここもちょいとはしょりますが、「隣に誰が住んでいるのか分からない」という都市像と、ファスト風土化する郊外都市像の中で生き、集団スポーツというコミュニティーの中に身を置いていて、自分の進むべき表現を見つめている大学在学中に、新潟県の莇平(あざみひら)という極端にまでコミュニティーの濃い地域に出会い、もの作りを1人でやらないワークショップという手法は、今まで続けて来た集団スポーツに近い感覚でできるものだったと感じたからです。

そんなわけで、大地の芸術祭をターニングポイントに、今日まで地域や人と関わる中で、ワークショップを手法とした表現活動を失敗し実験しながら続けてきました。


井戸端ラジオプロジェクト FMゆめ団地
毛原大樹×中島佑太

取手アートプロジェクト2008公募選出(茨城県取手市) 団地内の空き店舗に住民の井戸端会議をそのままラジオ放送するミニFM放送局をつくる試み。


〈図書館〉
代本板(石幡愛×中島佑太)

松戸アートラインプロジェクト2010(千葉県松戸市/アクシス根本) 空き店舗に、いらなくなった本とその本にまつわる物語を地域住民から集めて小さな図書館をつくる試み。

作家として初めて参加した地域アートプロジェクトは取手アートプロジェクト。松戸アートラインプロジェクトの礎となる常磐アートライン構想のきっかけになるプロジェクトです。松戸アートラインにも僕と同じく2年連続で参加している毛原大樹くんとユニット毛原大樹×中島佑太を組み、ラジオ放送局を作るプロジェクトで参加しました。

松戸アートラインでは、東京大学の石幡愛さんとユニット代本板(石幡愛×中島佑太)を組み、小さな図書館を作りました。写真はMAD WALLが映っているものを選んだので、あまり本が写ってませんね。会期1ヶ月の間に、街の人が本を持って来てくれて、そこで色々お話しをしました。会期終了時には、けっこう本は集まってましたね。

僕の活動のモットーは「ひとりでやらない」です。 野球ではキャッチャーをやってました。キャッチャーは、ピッチャーやバッター、野手の能力、天候、試合状況などを読み、試合を動かします。その野球での経験は、僕に視点と立ち位置を教えてくれました。 まだまだ実験的ではありますが、1人でアトリエにこもって作るのではなく、誰かとユニットを組んでアイデアを考えたり、街の人達と協働で作り上げるプロジェクトを続けています。その活動における考え方と、地域アートプロジェクトのあり方が、僕の場合はとてもマッチしたんです。だから僕はうまいことはまっていくわけですね。

地域アートプロジェクトに対する問題意識(地域アートプロジェクトがそもそも有効なのか、まちづくりとの関係など)を持つのは、それから少し先のことでした。今は、地域アートプロジェクトは、日本のアートシーン独自のものとして、世界に投げかけられるのではないか、という可能性を感じていて、問題意識を持ちつつも、地域アートプロジェクトだからこそ生まれていくべき作品のことを考えています。

僕は今26歳という若さです。僕と同世代のアーティストには、僕と同じように地域アートプロジェクトからスタートし、地域アートプロジェクトで活躍しているアーティストが多くいます。これは僕らの世代ならではの状況だと、ポジティブに捉えています。地域アートプロジェクトチルドレンとでも言うんでしょうか。この世代が地域アートプロジェクトを牽引できるようになるまで、地域アートプロジェクトが続いていけば、この先もっと面白いことが起こっていくような気がしています。 作品の細かい紹介は、ぜひ機会を設けてしたいところですね。

広告

nakajimayuta について

現代芸術家/アーティスト。1985年群馬県前橋市生まれ、2008年東京芸術大学美術学部卒業。小学生から続けてきた野球の経験をもとに、集団スポーツの中にあるコミュニケーションを手がかりにして、他者との協働によるプロジェクトに取り組んでいる。主な活動に、取手アートプロジェクト2008(茨城県取手市)、黄金町バザール2009(神奈川県横浜市)がある他、Litmus Community Space international Artist in Residency program 2009などの海外レジデンスにも参加。現在、群馬県前橋市在住。

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。